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最後の医者は桜を見上げて君を思う【書評】

最後の医者は桜を見上げて君を思う画像

今回は死に向かい合う、という重たいテーマです。二宮敦人さんの著書「最後の医者は桜を見上げて君を思う」という終末医療をテーマにしたフィクションです。

様子見で導入だけ読もうと思ったのですが、考えさせられることが多い内容で一気に最後まで読んでしまいました。死を考える機会になる一冊です。

最後の医者は桜を見上げて君を思う 二宮敦人 著

死を題材にしている話なのでかなり重たいテーマです。気持ちが弱っているときに見るとしんどいかもしれません。【閲覧注意】です。

死を題材にしているテーマが大丈夫な方は読み進めてください。

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では大丈夫な方はどうぞ。

患者の立場

本書の描いていることのひとつに終末医療の患者の姿があります。普通に生活をしてきた人が突然、死の可能性の宣告を受けて、死と向かい合うことになる。その普通に生活しているときには死と直面することはなく、その心情を測ることは困難です。

患者の姿を見ることでもし自分が死の可能性に直面したらどうなるか、と考えるきっかけになると思います。死の可能性に直面したときにどのような行動があるか。それについては次の医者の立場、考え方が主なものになると感じます。

医者の立場

本書に出てくる何人かの医者はそれぞれ考え方が違い、偏っています。その考え方から死の可能性にどのように向き合うか、いくつかの考え方があることがわかります。

病気を治療することを考える

本書に出てくる医者のひとりが死の可能性がある病気に対して、徹底的に治療をする。癌に対して西洋医学を駆使して放射線治療、手術などで病気に立ち向かいます。生きる可能性を徹底的に追求する。

ひとつの例として治療法が確立していない死の病に対して、それでもできるだけ延命して治療法が確立される可能性にかける、という思考があります。

癌の治療に際して、手術の成功の可能性が何パーセントあるか。それを何度も繰り返すと生き残る可能性がどれだけあるか。生きるか死ぬかをかけて進んでいくのは覚悟がいります。その先に完治が難しい病気が完治する奇跡が起こる場合があります。しかしそうでない場合もあります。

ひとつの考え方が死の可能性に立向うというものになります。

死を受け入れ余生を納得したものにする

次に出てくる医者の考え方は死の可能性に対して、死を受け入れて余生を納得したものにするという考え方です。心身にダメージが大きい延命医療をせず、余命が短くなるが自分が納得できる余命の時間の使い方をします。

病気に立ち向かって、病気を克服できずに死を迎える時のつらさは大きなものがあります。しかし克服できたときはその後の生を得ることができます。一方で短くなるものの余命を納得できることに時間を使うのは人として生きることに重きをおいた考え方です。

どちらが正しくて、どちらが間違っているというものではなく、人それぞれの考え方だと思います。自分だったらどうするか、西洋医療の治療は選ばないと思いますが、やはり正解はないと思いますし、考え方も選択も人それぞれです。

第三の医者

3人目の医者として、いままでのふたつのどちらの考え方でもない医者がでてきます。それは「迷う」という考え方です。

死に対して治療するべく立ち向かうのか、それとも生を諦め死を受け入れて余命を自分が納得する使い方をするのか、何が正しいのかを悩む医者です。

ここまで出てきた3人の医者が医学部の同期という設定で個性がはっきり別れていて対比しやすくわかりやすいです。

病気を治療することを考える熱血な医者、死を受け入れる冷静な医者、そしてどうあるべきか悩む優しい医者。どれが正しいという答えはないのですが、考える機会を与えてくれます。

感想

ビジネス書と違って、あまり読み飛ばしすぎると内容がつながらなくなるので読むのにいつもより時間がかかりました。

病院、医療というのは死を扱う特殊な場所なのである種の戦場のような特殊環境です。そのためビジネスや効率だけで割り切れない部分があります。本書の中でこのような言葉ができてきます。

「病院は、そもそも繁盛すべき施設じゃない」

今の世界に必要な施設ではありますが、必要とする人が減ることがあるべき姿であります。必要とされる故に権力も発生します。あるべき姿への解決が難しい施設であり、課題です。

さて、最後に本書の中で印象に残った言葉をあげておきます。登場する患者の言葉です。

「赤ちゃんみたいですね。何もできなくなるなんて。死ぬ時って、生まれてくる時と似てますね」「私はみんなより先に死にます。後で死ぬ人は、みんなの死を見届けるのが仕事。先に死ぬ人は、みんなに死を見せつけるのが仕事。そう、最近は思うようになりました」

死とはどういうものか、一面を表していると感じて納得した言葉です。

今回は重たいテーマでしたが、最後まで見て頂いてありがとうございました。

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